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静岡県の葛布作りを見学しました

【葛ソムリエが、葛を旅する。】

葛ディスカバリー

2018年7月19日に静岡県の大井川葛布さんを訪ねました。

20180719大井川葛布親方と社長

もともと静岡には袋井、金谷、掛川といくつかの葛布の産地があったそうで、大井川葛布は金谷にありました。

20180719大井川葛布大井川葛布外観

大井川葛布は昭和25年に先代が始めた事業。
昭和40年代まで輸出壁紙が盛んで、大井川葛布だけで1ヶ月に1万反、掛川全体では1年間で34万反物壁紙を横浜港から輸出していたそうです。
大井川葛布は全体の2割ほどを生産していましたが、もちろん人手が足りないので賃機も含めて生産されていました。

この日は午前中にならここの里で葛糸作り体験をしていた葛ソムリエ5名を含む9名で押しかけたのですが、村井さんはお話をしながらご自身で作られた特製の『葛の花茶』をご馳走してくれました。

20180719大井川葛布お茶を入れる

葛の花は秋の七草の一つでその美しさを愛でられていますが、二日酔いに効く薬にもなります。
昨年にとって乾かしておいた葛の花でハーブティーをいただきました。

20180719大井川葛布葛花茶

お茶をいただきながら、昔盛んだったという壁紙の話を伺いました。

20180719大井川葛布壁紙の資料を見る2

早くに始めたのは川出商店で、明治元年創業。
一番遅いのが小崎さんで昭和40年代。
国内だけでは足りなくて韓国でも作っていた時代があったそうです。

壁紙は一ヶ月で一万単、掛川全体では年間34万単も作られていたそうで、横浜港から世界中へ輸出されました。
独特の光沢がある葛布の壁紙はグラスファイバーと呼ばれ、ホワイトハウスやアイゼンハワーの住宅にも使われています。

大井川葛布さんで保管してあるたくさんの壁紙のサンプル帳を見せていただきました。

20180719大井川葛布壁紙の資料を見る

しかし輸出壁紙も減り、10年前にフランスへ輸出したのが最後に。
壁紙輸出の波が減り、廃業するところが増えたましたが、大井川葛布では紙糸の壁紙も作っていたため会社は生きながらえたそうです。
インテリアやカーテンの仕事をしながら、葛布を細々と続けていたましたが、平成7年に先代が亡くなったことをきっかけに、もう一度葛布をやっていこうと、徐々に他の仕事を減らし葛布一本にしました。

20180719大井川葛布つぐり

もともとは大井川葛布は葛布の織り元で、原料は買っていました。(掛川の葛布作りは分業制)
20人程度の従業員がいましたが、糸の作り方は知らないので、日坂で糸を作っている方に教えてもらうことで今は葛糸も自身で作っています。

葛糸は目的を持って作るそうです。
作りたい物によって採る葛を選ぶし、割き方も違う。今は県に畑を借りて栽培実験も行っていますが、自分で葛を糸作りからしているとどうしても価格が高くなるので、大井川葛布では帯など付加価値の付く物に力を入れて作っています。

20180719大井川葛布機を織る2

もともと先代はよく「糸を細くしろ」と言っていました。
「太くするのはすぐできるけど、細くするのは10年かかる」と良く言われたのだそうです。

そもそも葛布は平安時代に貴族の衣服として用いられていましたし、武士の鎧下や袴、道中着にも用いられました。
衣服にしようと思うと柔らかさが必要なので、糸を細くする必要があります。しかし、江戸時代から明治になり、武士の袴としての需要がなくなり、壁紙として使われ始めたとき、糸は太くなりました。
掛川の葛布はそのままの糸で工芸品への道を歩み始めましたが、衣服として着られる物を作ろうとした大井川葛布では糸を細くする必要がありました。

今は家族(親方、女将さん、息子さん)と賃機さん1名で仕事をされています。

大井川葛布が大切にしていることは、葛布の基本を守るということ。まとう(着る)物として作ること。
(平安時代には葛布を着ていたことが確認されています。天平8年に葛布の盗難届が出ているのだそう!!奈良の大仏を作っていた時にも葛布が使われていたそうです。)

20180719大井川葛布親方の作務衣

親方の着ている作務衣は横糸が葛で縦糸を木綿にしています。
見た目ほど涼しくはないのですが、汗をかくと急に涼しくなるのだそうです。

20180719大井川葛布葛布藍染

冠位十二階でも上から六階までは葛布が着られていたようで、鳳凰の箔押しのある着物は一位か十一位の公家が着ていたと思われます。
これは葛布を公家が着ていたと言うことの証明と、天然染料が100年は持つ(色落ちしない)と言うことの証明である、貴重な資料になります。

葛布はだんだん色が変化しますが、120年は現役で使えます。
虫もつかないので、汚れさえなければ長い間使うことができるのです。

20180719大井川葛布葛布の着物を見る

火事場織りは火消し装束で、当時の戦闘服。討ち入りの時などことが起こったときに着る物。そういうものにも葛布が使われます。
道中合羽は長く、これを見ると葛布が夏に着る物ではないと言うことがわかります。

大井川葛布さんでは、今は様々なものを復元して、当時がどのような物だったのかを勉強しています。
和綿も家の庭で栽培し、紡いでいます。
復元に必要な細さにするのに3年もかかったのだそう。
そして縫い糸は大麻。
研究と勉強と実践を何度も積み重ねて、葛布史の引き継がれなかった部分まで次世代に引き継ごうと努力を続けておられます。

復元に困るのは、縫製できる人がいないこと。
笑うくらいざっくり縫われているけれど、きっちりまっすぐ。
昔はほどいて洗ってまた組み立てると言うことをしていた『洗い針』で、今の和裁はきっちりしすぎていて、同じように縫える人がいなくなったそうです。

大井川葛布さんでは毎年ワークショップをしており、今年のワークショップで18年目。
今は織物を知らない人の参加も増え、林業関係、衣類の勉強をしている方、ファッションデザイナー、環境省の役人、研究者など様々ですが、次の時代をどう考えようかという若者が増えてきているように思います。
時代が変わり、若者の考え方も変わり、葛布に興味を持つ人も増えています。

また、海外の方がちゃんと着物を着るようになり、なんちゃってから本物になってきていと感じるのだとか。
だからこそ、葛布の魅力、自然府の魅力を海外に発信していきたいと熱い思いを語ってくれました。

「作るのは楽しい、形になる喜びがある。でも、お金に換えるのが大変。」
次の世代が葛布で喰っていけるように。それが親方の願い。

とにかく葛糸作りが大変。
根気がいるのに、日給が時給くらいしかなく、価格の壁が越えられない。

葛布は守らなければいけない伝統。
自然と共存しながらの物作り。
でも、それだけではなく、効能もあります。
今40万人が化学物質過敏症になっていて、着る物がなくて困っている方がいます。
それに対応できるのは自然布のみ。
だからこそ、『服育』にも力を入れたい。

様々なものと葛藤しながら、大井川葛布の挑戦が続きます。

20180719大井川葛布機を織る
13:56 | 葛ソムリエ | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑
2018年7月19日 葛の旅で静岡県の川出商店さんを訪ねました。 | top | 2018年9月20日葛の日 in 飛鳥彩瑠璃の丘天極堂テラス

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