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東京浅草の萬藤さんを訪ねました。

【葛ソムリエが、葛を旅する。】

葛ディスカバリー

2018年7月18日に東京浅草の萬藤さんを訪ねました。

20180718萬藤本社外観

萬藤は東京の乾物問屋です。
今はもともと倉庫だった部分を『乾物カフェ』に改良し、海外の観光客も訪れる乾物専門店になっています。
天極堂の吉野本葛や葛湯も店内に並んでいました。

20180718萬藤天極堂の吉野本葛

天極堂との取引は戦前からで、記録に残っているところでは70年前、仕入れのメモ帳があります。
3代前の社長が、東北の山の中で偶然出会ったことで取引が始まったのだそう。
もともと萬藤は乾燥柏葉をたくさん仕入れたことで始まります。
仕入れた柏葉を売り、売ったお金を持って行って北海道で小豆を買い、伊勢参りを兼ねて吉野葛を買いに行く…。
先代は行動力があり、日本中を買い付けに回り、全部現金支払いで、いいものがあれば先に買い付けていたそうです。

戦争当時はみんなが甘いものに飢えていました。
砂糖は統制だったので、当時は砂糖以外の製菓材料を売っていました。

南極大陸御用乾物として吉野本葛が利用されたこともありました。
写真は先代の社長様です。

20180718萬藤南極大陸用

そんな萬藤は今も現場主義。
産地を見て、会って、話して、買う。
すると長い付き合いになるし、いいもの、悪い時でもその中でいいものをよって売ってくれるのだそうです。

でも、最近は産地の高齢化で収穫が出来なかったり、次世代の担い手がいなかったりと心配事も。
今の日本は手間のかかる作物を作らない風潮もあり、伝統を残すというのは本当に難しいです。

健康効果をメディアが発信するとぐっと伸びますが、調理に手間のかかる乾物は不人気です。
和食が世界遺産になったことで糧食側を取り入れることが増えていますが、日本の日常の食の中では『和』が減り続けています。
日本食のアイデンティティーが壊れてしまっているのではないかと心配になってしまいます。
コンビニや中食が発達し、調理器具がいらない世の中になったと言われていますが、便利になればそれで本当にいいのでしょうか。
萬藤でも高級スーパー(成城石井、クイーンズ、エースなど)に卸していますが、駅ナカの小さな店舗が増えたためにアイテムが限られ、素材(材料)は減って総菜が売れる時代になっています。

「和食や和菓子をもっと知ってもらいたい」と社長。
そのために今年は乾物カフェをオープンしました。
店内には所狭しと乾物が並べられ、白玉など乾物を使ったスイーツを食べることが出来ます。
日本人はもちろんですが、海外の観光客も多く訪れていて、道具屋で買った削り器を見せながら「かつおぶしを買うから削り方を教えてくれ」という人もいるのだそうです。
一番人気は抹茶、続いてだし、かつおぶし、昆布、ゆず、山椒、七味と続きます。
刺身こんにゃくを自分で作れるとこんにゃく粉も良く売れるのだとか。
あらかじめ調べてくる人が多く、マニアックで、よくご存じなのです。
今では日本人より海外の人の方が日本文化をよく知っており、真剣に向き合っているようにも思います。

20180718萬藤本社店内

20~30年前のニューヨークのスーパーで自然食コーナーに『kudzu』がありましたが、実際に葛粉を毎日の食事に取り入れてというのは難しいようです。
やはり値ごろ感が問題のようで、みんな「国産がいい」と口をそろえて言っているが、いざ国産が他の10倍、100倍の値段だと分ると、結局売れないのですよね。
価値を分かってもらうのは本当に難しいです。

20180718萬藤対談

萬藤は現在の社長で4代目。
お客様も大事ですが一番大事なのは仕入先だとおっしゃいます。
小さなメーカーが多く、安全管理の基準に達していないところも多いです。
長いお付き合いのところがそのような理由で別の所に変えざるを得ない時が一番心が痛むと話します。
今後は新しいマーケットとして海外も視野に入れているそうで、これからの動きに期待したいですね。

16:18 | 葛ソムリエ | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

東京日本橋の榮太楼総本舗さんを訪ねました。

【葛ソムリエが、葛を旅する。】

葛ディスカバリー

2018年7月18日に東京日本橋の榮太樓總本鋪さんを訪ねました。

20180718榮太郎玄関前で記念写真

榮太樓總本鋪さんは文政元年創業の東京日本橋の菓子屋です。
細田安兵衛の名前を継いでいるのはお父様で6代目、社長としては細田眞社長で8代目。
創業200年で8代だと少し多いですが、御兄弟などで経営されているためだそうです。

20180718榮太郎屋台

日本橋魚河岸で金鍔の屋台売りをしたことから始まったそうで、店舗の前には今も屋台が置かれています。

今日は細田社長にインタビューさせていただきました。

20180718榮太郎対談

和菓子の売れ行きについて尋ねると、「まだ今は大丈夫だけど、日本人が和菓子を食べる機会は減ってきている。」と細田社長。
コンビニでも和菓子が売られているので、量としては減っていないかもしれないけれど、町の和菓子屋はどんどん減ってきています。
場所は良くても商店街が活性しないし、自分の店を次の代に残そうとしない店も多いようで、東京都中央区にも和菓子組合加盟が70社ありましたが、今では35社に減っているそうです。
胸元のだんごのピンバッチは組合で作成した物。
組合では和菓子を伝える努力をしているが…と不安もにじませます。

20180718榮太郎みぞれぼたん

葛粉は生菓子、葛桜、葛切りに使っていましたが、葛きりは日持ちがせず老化が速いということでやめてしまったそうです。生菓子は減りましたが、今でも缶入り商品などに葛粉を使用しているとの事でした。

今回は特別に『みぞれ牡丹』というお菓子を作ってくださいました。
葛に道明寺を加えることで『みぞれ』の粒が表現されています。
皮は薄く、葛独特のつるんと感が味わえます。
こしあんはさらりとしていて口どけが良く、甘さは控えめ。思わずもう一つ手を伸ばしたくなるお菓子でした。

20180718榮太郎社長

榮太樓總本鋪では原材料にこだわっています。
小豆は十勝のエリモショウズのみ。小豆は赤いダイヤと言われるくらいで、相場品ですが、榮太樓總本鋪では顔が見えるつながりを作る為、今年からは契約栽培もスタートさせたそうです。

黒糖は沖縄県産ですが、島や畑によって色も味も違うため、泊まり込んで黒糖を選びます。
ただ、沖縄では黒糖の製造も近代化してきており、安定した品質の砂糖が作れる半面、綺麗になり過ぎて特徴がなくなってしまうのが悩みの種です。

もち米は大福や赤飯を作るのに欠かせません。
もち米も契約栽培だが、新入社員も一部農家さんと一緒に栽培をしている。完全無農薬、無化学肥料で栽培されるもち米は、古代種に近く、神事に使われるそうで、ぷつっと切れる歯ごたえが特徴の『満月餅』という品種です。

ここまで榮太楼総本舗が原料にこだわるのは、材料以上に良いものは作れないという考えから。
主原料は基本的に国産で、添加物も出来るだけ使わないようにしています。
これは、創業(江戸)当時なかったものは使わないという考え方で、原点に戻って、自然のものをそのままおいしくいただくということと、もともとやっていることをまじめに取り組むという考え方から生まれています。

20180718榮太郎内観

「お菓子を食べて怒る人はいない」と細田社長。
笑顔をお届けする、楽しんでいただく、心豊かになってもらうために日々努力をしているそうです。
江戸菓子に限らず色々あっていいのではないかということで、ちょっと昔の駄菓子を集めたような『にほんばしえいたろう』、おしゃれなデザインの『あめやえいたろう』、そして昨年始めたのが、低糖質でローカロリーの『からだにえいたろう』と様々なブランドを立ち上げています。
また、日本の食文化の特徴として、世界から侵略されていない国だから、昔ながらの文化や歴史が残っています。その多様性をアピールすることで和菓子が世界に通じる菓子になって欲しいというのが細田社長の願いです。

20180718榮太郎ビル

人間が死ぬ瞬間まで感じられるものは『甘味』だといいます。
赤ちゃんが最初に感じる味も『甘み』です。
養生菓子ともいうけれど、砂糖(甘味)がもつ良さをうまく利用して欲しいという細田社長の言葉が印象的でした。
15:30 | 葛ソムリエ | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

2018年7月18日に東京新橋の鮨処うお倉さんを訪ねました。

【葛ソムリエが、葛を旅する。】

葛ディスカバリー

2018年7月18日に東京新橋の鮨処うお倉さんを訪ねました。

20180718うお倉外観

鮨処うお倉は新橋に店を構えるお寿司屋さんです。
「知らないうちに年取っちゃったよ。」と笑うのは68歳の菅田さん。
18歳からこの道に入られ今年でちょうど50年になります。

20180718うお倉すがさん

くずきりを提供し始めたのは16年前。
満足のいくくずきりを出すまでにはかなりの時間がかかりました。
そもそも東京では葛粉を使った葛もちも珍しく、葛きりとなるとマロニーやところてんだと思っているから、本物の味がわからないのだそう。

くずきりの作り方もわからず、何年もかかってやっとできました。
でも、「わかったらあんな簡単なものはないよね。氷水とお湯さえあればできちゃうんだから。」とくずきり担当の小駒さんが笑いながら話してくれました。

20180718うお倉まーちゃん


ただ、簡単なものほど難しいものはない。
材料も作り方もシンプルだけれど、かきまぜ足りないと舌触りが良くなく、ざらつくし、それがお客様にばれてしまうのだから大変です。
作り置きができるのかと思ったけど、作りたてでないと食べられない。
細く切るのも難しいと思っていたけど、後から三つ折りにして切ればいいと言うことがわかったり、最初は何から何まで難しく、安定しておいしい葛きりを出し続けるのは大変なことでした。

でも、できてしまうと、簡単なんですよね。
「簡単なんです。そこまで行くのに何年かかったか。」

20180718うお倉くずきり

タイ風あんみつもやってみたけど、本物を出し出すと、結局はシンプルナものが人気。
黒蜜も天極堂のものを買えばいいと思ったけれど「黒蜜を買ってしまったらうお倉の味にはならないよ」という一言で、自分で作ることになりました。その黒蜜の研究にも長い時間がかかったそうです。

黒蜜、混ぜ方、作り方、厚み、切り方、幅、器、出し方…
まだまだくずきりの研究は続きます。

「これでいいやと思ったら、それまでだよね。」

くずきりの研究はまだまだ続くようです。

20180718うお倉看板

天極堂の『葛きりのおいしいお店』として選ばせていただいた所、「本当にうちなんかがいいんですか?」と聞いてくれましたが、間違いなくうお倉が、くずきりのおいしい店の一号店です。

天極堂に比べて薄く、補足、繊細なくずきりがうお倉の特長です。

20180718うお倉内観

うお倉での最後のデザート「くずきり」を楽しみにするお客様が増えますように。

20180718うお倉のれん
14:33 | 葛ソムリエ | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

2018年7月19日に静岡県の葛布について、小崎葛布さんを訪ねました。

【葛ソムリエが、葛を旅する。】

葛ディスカバリー

2018年7月19日に静岡県の葛布について、小崎葛布さんを訪ねました。

20180719小崎葛布玄関で

社長と専務(弟さん)のお二人が、優しい笑顔で迎えてくれました。

20180719小崎葛布対談

まずお店に入って驚いたのは、葛布商品の種類の豊富さ。しおり、うちわ、コースター、カード入れ、印鑑入れ、名刺入れ、財布、うちわ、扇子、ブックカバー、ポシェット、鞄、帽子、日傘、掛け軸、カーテン、座布団、草履…

手軽にお土産として配れるようなものから、一生物の高価な物までそれはいろいろなものが並べられていました。

高価な葛布が座布団や草履ってもったいなくない!?とも思ったのですが、葛には防虫効果や殺菌効果があるので、においが気になる物にはむいているのだそう。

20180719小崎葛布赤

1階がお店、2階は工房になっており、この日は男性1名がカーテンを、女性2名がもう少し小さい物を織っていました。

20180719小崎葛布緑

葛布は鎌倉時代から伝わる織物。
葛布の滝で行者が修行をしていると、水にさらされて白くないっている繊維を見つけ、行者が葛布の作る方を人々に教えたのが始まりだと言われています。

透けるように白く清らかな葛の糸は、伝説が真実であると言っているように見えました。

20180719小崎葛布葛糸

江戸時代、掛川ではどの家にも機織り機があって、葛だけで産業が成り立っていました。
袴や道中着に使われていたましたが、明治になって武士がいなくなり、袴需要がなくなり、廃業するところが多くなりました。
それでも明治時代には十数件の織問屋がありました。

昔からお茶の産地だった掛川は、お茶商人が出入りしており、海外事情に詳しく、壁紙を作ることを提案したそうです。
袴から壁紙への転換を図ったことが成功し、アメリカやヨーロッパへ輸出されました。
独特のツヤがある壁紙は『グラスクロス』とも呼ばれ、たちまち人気商品になりました。
掛川だけでまかないきれない壁紙は各地で作られ、それでも足りなくなり、韓国でも作られて輸出されました。

20180719小崎葛布葛糸カラフル

昭和30年代までは順調だった壁紙産業ですが、その後糸を作る人が減少。
材料も少なくなって輸出は減り、現在は二件を残すのみ。
(小崎葛布と川出商店。大井川葛布は掛川市ではないので掛川葛布とは呼ばないのだそう。)

取り手が少なく高価になってしまった原料では壁紙を作るよりも、小物の方が良いと、工芸品を作るようになりましたが、今では葛布だけでは利益を出すことができず、小崎社長も30年前から薬屋をすることでバランスを取っているのだそうです。

20180719小崎葛布緑アップ

葛は万能薬。
歴史的には水戸黄門も葛を利用していたし、ハワイではオーガニックのナンバーワンは葛だと言われているそうです。

小崎社長は葛布の織り元であると同時に薬屋もされており、長年培ってきた人脈と、様々なご縁を活かし、精力的に活動されています。
今回の『葛まるごと利活用委員会」でも葛の葉などで作った飼料を食べさせた鶏をホテルのシェフに調理してもらうなど、コーディネーターのような活躍もされています。
多摩美術大学では毎年講義をし、葛布とのコラボも行っていて、大学生にも伝統工芸を体験してもらうことで、興味を持ってもらうことが目的なのだそう。

20180719小崎葛布工場見学

笑顔で人当たりの良い社長のところにはいろいろな人が集まってくるというのはうなずけます。
趣味は何もないと話すが、葛布を含め、掛川の産業を守り復興させることや人脈を活かして行動を起こすこと、仕事そのものが趣味のようにも見えました。

20180719小崎葛布揺れるのれ

小崎葛布の玄関先にかけられた葛布で作られたのれんは、少しの風でもふわりと揺れ動き、涼を感じさせてくれます。

20180719小崎葛布外観

葛布は高いです。
でも、高いだけの価値はありますよね。
しなやかで、丈夫で、美しく、艶やか。しかも防虫・防臭・抗菌作用があって、おまけに長持ち。

ぜひ、掛川に足を運び、葛布を実際に手に取ってみてください。
きっとあなたのお気に入りが見つかると思います。
そしていつまでも大切に使ってください。

日本の素晴らしい文化を、次世代へつなげたい。
私の心からの願いです。
16:53 | 葛ソムリエ | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

2018年7月19日に静岡県掛川城と中央図書館を訪ねました。

【葛ソムリエが、葛を旅する。】

葛ディスカバリー

2018年7月19日に静岡県の葛布について、掛川城と中央図書館を訪ねました。

20180719お城(掛川城)

室町時代、駿河の守護大名今川氏が遠江進出を狙い、家臣の朝比奈氏に命じて築城させたのが掛川城のはじまりです。
戦国時代には、山内一豊が城主として10年間在城しました。

20180719お城の襖

掛川城は150年前の地震で壊れてから再建されていなかったのですが、平成5年になって再建された際、天守閣の襖に『葛布』が使われました。

襖を近くで見ると、葛布独特の光沢と、葛布結びの玉があるのがわかります。

20180719お城の襖アップ

夏真っ盛りですが、天守閣は良く風が通り、心地よかったです。
ここにはエアコンはないのですが、暑いと思ったことはないとボランティアガイドさんも話しておられました。
高校野球の地方大会の為か、熱心に応援する声が天守閣まで聞こえていました。

20180719お城からの眺め

ちょっと、記念撮影(笑)

20180719お城で記念写真


お城を後にし、掛川市中央図書館を訪問。
多摩美術大学と葛布組合で展示会がおこなわれていました。

20180719図書館題名

当時の袴や道中着を展示するだけでなく、仕入れ帳や見本帳などの資料も多数展示されていました。

20180719図書館つぐり

20180719図書館カーテン

20180719図書館掛け軸

20180719図書館羽織

20180719図書館袴

20180719図書館資料1

20180719図書館資料2

葛布の歴史を見せる奥には多摩美術大学の学生の作品が。
葛布にシルクスクリーンで印刷をして現代風の壁紙やクッションカバーを作られていました。

20180719図書館多摩美壁紙

今の若い美大生たちが葛布をデザインすることで、葛布の新たな可能性を引き出し、この素晴らしい歴史が次世代につながっていく事を祈ります。
14:10 | 葛ソムリエ | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

2018年7月19日 葛の旅で静岡県の川出商店さんを訪ねました。

【葛ソムリエが、葛を旅する。】

葛ディスカバリー

2018年7月19日に静岡県の川出商店さんを訪ねました。

20180719川出商店外観

店を訪ねると、ご主人はつぐりを水にしたして機織りの準備をされていました。
色紙かけの注文が入っているそうで、100枚を織らなければならないそうです。
家族4人でしているだけで、注文はありがたいけれど、商品をそろえるのは大変な作業です。

20180719川出商店葛の花

店内は所狭しと商品と機織り機が置いてあります。

20180719川出商店店内

隅の方に草履を見つけました。
葛がら(葛のつるから繊維を取り出した後に残る芯の部分)で編まれたものです。
軽くて、丈夫で、水に浸かってもすぐ乾くために重宝されてきましたが、もう草履を編む人も今はいなくなってしまったそうです。

20180719川出商店草履

店内には昔の葛布作りの写真が貼られていて、いくつか写真に撮らせていただきました。

20180719川出商店昔の洗い作業

川での洗いの作業。

20180719川出商店昔の糸作り

糸作りの作業。

20180719川出商店昔の機織り

機織りの作業。


20180719川出商店機織り

今も当時と同じ機織り機が使われています。



優しいご主人で、前日に葛苧作りを体験したと話すと、葛糸の作り方(葛布結びの仕方とつぐりのつくり作り方)を丁寧に教えてくれました。

1、葛布結びと機結びの違い。葛布は機結びと違い糸の端が2本とも端によるのです。

2、玉の作り方。糸の向こうに糸がかかるとひっぱったらとれてしまいます。引っ張ってとれないのが正しい結び方。

3、それを長く作ったら、天地をひっくり返して『つぐり』を作ります。結び目が引っかからないよう方向を変えるために天地をひっくり返すのは昔からの方法。簡単な事だけれど、聞かないとわからないし、しないとつくれない。きちんと伝統が受け継がれています。

4、つぐりに使う箸の持ち方。巻き方と終わり方。糸を取り出すときの方法と注意点。

巻き方の特徴とその理由を、やりながら説明し、私たちにさせてみて確認し、間違っていたら繰り返し説明して教えてくれました。

20180719川出商店記念写真

ご主人はの心配事は、糸。
糸のあるうちは仕事ができるが、糸がなくなればどうしようかと不安な気持ちがあるそうです。
掛川市がワークショップをすることで糸作りに興味を持ってくれる人が増えるといいなと川出さん。

葛布の原料問題は葛粉の原料問題と同じで、他人事とは思えませんでした。
山での仕事、農家、一次産業を見直して日本全体で考えないと、原料問題は伝統産業をなくしてしまうと危機感を覚えました。

川出商店さんは全国の百貨店の催事にも出店しているとのこと。
『葛布』の文字を見つけたら、是非足を運んでください!
13:28 | 葛ソムリエ | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

静岡県の葛布作りを見学しました

【葛ソムリエが、葛を旅する。】

葛ディスカバリー

2018年7月19日に静岡県の大井川葛布さんを訪ねました。

20180719大井川葛布親方と社長

もともと静岡には袋井、金谷、掛川といくつかの葛布の産地があったそうで、大井川葛布は金谷にありました。

20180719大井川葛布大井川葛布外観

大井川葛布は昭和25年に先代が始めた事業。
昭和40年代まで輸出壁紙が盛んで、大井川葛布だけで1ヶ月に1万反、掛川全体では1年間で34万反物壁紙を横浜港から輸出していたそうです。
大井川葛布は全体の2割ほどを生産していましたが、もちろん人手が足りないので賃機も含めて生産されていました。

この日は午前中にならここの里で葛糸作り体験をしていた葛ソムリエ5名を含む9名で押しかけたのですが、村井さんはお話をしながらご自身で作られた特製の『葛の花茶』をご馳走してくれました。

20180719大井川葛布お茶を入れる

葛の花は秋の七草の一つでその美しさを愛でられていますが、二日酔いに効く薬にもなります。
昨年にとって乾かしておいた葛の花でハーブティーをいただきました。

20180719大井川葛布葛花茶

お茶をいただきながら、昔盛んだったという壁紙の話を伺いました。

20180719大井川葛布壁紙の資料を見る2

早くに始めたのは川出商店で、明治元年創業。
一番遅いのが小崎さんで昭和40年代。
国内だけでは足りなくて韓国でも作っていた時代があったそうです。

壁紙は一ヶ月で一万単、掛川全体では年間34万単も作られていたそうで、横浜港から世界中へ輸出されました。
独特の光沢がある葛布の壁紙はグラスファイバーと呼ばれ、ホワイトハウスやアイゼンハワーの住宅にも使われています。

大井川葛布さんで保管してあるたくさんの壁紙のサンプル帳を見せていただきました。

20180719大井川葛布壁紙の資料を見る

しかし輸出壁紙も減り、10年前にフランスへ輸出したのが最後に。
壁紙輸出の波が減り、廃業するところが増えたましたが、大井川葛布では紙糸の壁紙も作っていたため会社は生きながらえたそうです。
インテリアやカーテンの仕事をしながら、葛布を細々と続けていたましたが、平成7年に先代が亡くなったことをきっかけに、もう一度葛布をやっていこうと、徐々に他の仕事を減らし葛布一本にしました。

20180719大井川葛布つぐり

もともとは大井川葛布は葛布の織り元で、原料は買っていました。(掛川の葛布作りは分業制)
20人程度の従業員がいましたが、糸の作り方は知らないので、日坂で糸を作っている方に教えてもらうことで今は葛糸も自身で作っています。

葛糸は目的を持って作るそうです。
作りたい物によって採る葛を選ぶし、割き方も違う。今は県に畑を借りて栽培実験も行っていますが、自分で葛を糸作りからしているとどうしても価格が高くなるので、大井川葛布では帯など付加価値の付く物に力を入れて作っています。

20180719大井川葛布機を織る2

もともと先代はよく「糸を細くしろ」と言っていました。
「太くするのはすぐできるけど、細くするのは10年かかる」と良く言われたのだそうです。

そもそも葛布は平安時代に貴族の衣服として用いられていましたし、武士の鎧下や袴、道中着にも用いられました。
衣服にしようと思うと柔らかさが必要なので、糸を細くする必要があります。しかし、江戸時代から明治になり、武士の袴としての需要がなくなり、壁紙として使われ始めたとき、糸は太くなりました。
掛川の葛布はそのままの糸で工芸品への道を歩み始めましたが、衣服として着られる物を作ろうとした大井川葛布では糸を細くする必要がありました。

今は家族(親方、女将さん、息子さん)と賃機さん1名で仕事をされています。

大井川葛布が大切にしていることは、葛布の基本を守るということ。まとう(着る)物として作ること。
(平安時代には葛布を着ていたことが確認されています。天平8年に葛布の盗難届が出ているのだそう!!奈良の大仏を作っていた時にも葛布が使われていたそうです。)

20180719大井川葛布親方の作務衣

親方の着ている作務衣は横糸が葛で縦糸を木綿にしています。
見た目ほど涼しくはないのですが、汗をかくと急に涼しくなるのだそうです。

20180719大井川葛布葛布藍染

冠位十二階でも上から六階までは葛布が着られていたようで、鳳凰の箔押しのある着物は一位か十一位の公家が着ていたと思われます。
これは葛布を公家が着ていたと言うことの証明と、天然染料が100年は持つ(色落ちしない)と言うことの証明である、貴重な資料になります。

葛布はだんだん色が変化しますが、120年は現役で使えます。
虫もつかないので、汚れさえなければ長い間使うことができるのです。

20180719大井川葛布葛布の着物を見る

火事場織りは火消し装束で、当時の戦闘服。討ち入りの時などことが起こったときに着る物。そういうものにも葛布が使われます。
道中合羽は長く、これを見ると葛布が夏に着る物ではないと言うことがわかります。

大井川葛布さんでは、今は様々なものを復元して、当時がどのような物だったのかを勉強しています。
和綿も家の庭で栽培し、紡いでいます。
復元に必要な細さにするのに3年もかかったのだそう。
そして縫い糸は大麻。
研究と勉強と実践を何度も積み重ねて、葛布史の引き継がれなかった部分まで次世代に引き継ごうと努力を続けておられます。

復元に困るのは、縫製できる人がいないこと。
笑うくらいざっくり縫われているけれど、きっちりまっすぐ。
昔はほどいて洗ってまた組み立てると言うことをしていた『洗い針』で、今の和裁はきっちりしすぎていて、同じように縫える人がいなくなったそうです。

大井川葛布さんでは毎年ワークショップをしており、今年のワークショップで18年目。
今は織物を知らない人の参加も増え、林業関係、衣類の勉強をしている方、ファッションデザイナー、環境省の役人、研究者など様々ですが、次の時代をどう考えようかという若者が増えてきているように思います。
時代が変わり、若者の考え方も変わり、葛布に興味を持つ人も増えています。

また、海外の方がちゃんと着物を着るようになり、なんちゃってから本物になってきていと感じるのだとか。
だからこそ、葛布の魅力、自然府の魅力を海外に発信していきたいと熱い思いを語ってくれました。

「作るのは楽しい、形になる喜びがある。でも、お金に換えるのが大変。」
次の世代が葛布で喰っていけるように。それが親方の願い。

とにかく葛糸作りが大変。
根気がいるのに、日給が時給くらいしかなく、価格の壁が越えられない。

葛布は守らなければいけない伝統。
自然と共存しながらの物作り。
でも、それだけではなく、効能もあります。
今40万人が化学物質過敏症になっていて、着る物がなくて困っている方がいます。
それに対応できるのは自然布のみ。
だからこそ、『服育』にも力を入れたい。

様々なものと葛藤しながら、大井川葛布の挑戦が続きます。

20180719大井川葛布機を織る
13:56 | 葛ソムリエ | comments (0) | trackbacks (0) | edit | page top↑

2018年8月9日出前授業を行いました

2018年8月9日黎明の元気クラブで出前授業を行いました。
エプロンと三角巾をつけて子供たちが元気に登場!

はやる気持ちをおさえてまずは葛についての話を聞きます。

20180809葛ソムリエの出前授業1

「葛ってなに?」「葛粉はどうやってつくられているの?」などなど初めて聞く事ばかりで驚いている様子。
葛を使ったソフトクリームやプリンがあると聞いて、みんな一層興味がわいてきました。

今日は開発したての「吉野本葛のブラマンジェ」をつくります。
まずは牛乳に葛粉を溶かします。

20180809葛ソムリエの出前授業2

牛乳は水と違って葛粉が溶けにくいため苦戦する班も・・・

次に葛粉が溶け切ったら火にかけます。

20180809葛ソムリエの出前授業6

休まず混ぜ続けないと焦げてしまうため、みんな必死に混ぜます。
疲れたら交代して班全員で協力してつくります(^∇^)

20180809葛ソムリエの出前授業3

もちもちになったら型に入れます。あと少しで完成です!
火傷しないように慎重に・・・
型に入れたらラップをかけて輪ゴムでとめてから、水の中にじゃぶん。

少し待ってから、お皿に盛りつけてフルーツをトッピングすればとうとう完成です!!

20180809葛ソムリエの出前授業4


きなこをかけて食べるのもおいしいみたいです♪
「少し甘かったけどつるんとしてたのがおいしかった」とわざわざ伝えに来てくれた子もヾ(o´∀`o)ノ


最後にジャガイモと葛の澱粉の大きさを見比べました。きちんと一列に並んで順番を待ちます・・・

20180809葛ソムリエの出前授業5

「どっちの澱粉が大きかった?」
「ジャガイモ!!」
葛の澱粉の小ささをしっかり学んでくれました。


最後の最後、帰る前に質問します。
「今日使った奈良の伝統産業の白い粉は?」
「吉野本葛!」
ちゃんと覚えてくれていました。

大人になった時にも、今日の経験が子どもたちに「葛」を「奈良の誇れるもの」として思い出させてくれることでしょう。

インターンシップ・学生O
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2018年7月19日 葛の旅で静岡県掛川市に行き、葛糸作りを体験してきました。

【葛ソムリエが、葛を旅する。】

葛ディスカバリー

2018年7月19日 葛の旅で静岡県掛川市に行き、葛糸作りを体験してきました。

20180719葛ディスカバリーならここの里での葛糸作り体験

この日集まったのは静岡県掛川市の『達人に学び伝える会』の皆さんと参加者合わせて約40名。
静岡県は伝統工芸である『葛布』を残し、伝えるために、様々な活動をされていますが、その一環として葛糸作りが行われました。

奈良からの参加ということで、事前に市役所の方にも無理を言いながら、特別に参加させていただきました。
市役所の方にはこのような機会を与えていただいて感謝の気持ちでいっぱいです。

20180719葛ディスカバリー掛川市役所の職員さん

朝早くから集まり、まずは葛のつるを刈り取る作業。
真っ直ぐに伸びているつるで、枝分かれしていないもの。
根本の方は固く、先の方はやわらかすぎるので、ちょうど中間くらいの部分を刈り取ったら、葉っぱを落としていきます。

くるくるとリース状に巻いたら窯に入れてゆでる。

茹で上がったものを川の水に浸したら、土を掘って穴の中に埋め、2~3日発酵させます。

待っていられないので、3日前に発酵させておいたものがこちらです。

20180719葛ディスカバリー葛糸作り体験発酵させたつる

こうやって発酵させることで外の柔らかい部分を洗い落とし、中央の固すぎる心も取り除くと、ツヤツヤと光る、しなやかな繊維が採れます。
その洗いの作業は、ならここの里内の川で行いました。

20180719葛ディスカバリー葛糸作り体験洗いの作業

洗い終えた葛苧はからまないように手に巻きつけて結びます。

20180719葛ディスカバリー葛糸作り体験洗い上がった葛苧

これを太陽の下で干せば、美しいツヤのある葛糸に。

20180719葛ディスカバリー葛苧

今回はここまで。
これを細く裂いて、葛布結びで1本づつ結んでいき、お箸を使って巻きつければつぐりの完成。
昔の人はすごく今期のあることをしていたましたよね。

この伝統文化を次世代に伝えるためには何が必要かを『達人に学び伝える会』の藤井さんにお聞きしたところ、「コマメに暮らすこと、何でも興味を持つこと。」と。

「面倒くさいと思ってしまえばそれまでだよね。」

本当にそうだなと、先人に感謝し、日ごろの行いを反省し、明日から何ができるのかを考えた1日でした。

20180719葛ディスカバリー葛糸作り体験参加者・葛ソムリエ

今回は天極堂スタッフと共に4名の葛ソムリエさんが参加してくださいました。
長い1日、本当にお疲れ様でした。
とても有意義な1日になりました。

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2018年6月14日 葛の旅で奈良県奈良市の天平倶楽部さんを訪ねました。

【葛ソムリエが、葛を旅する。】

葛ディスカバリー

2018年6月14日 葛の旅で奈良県奈良市の天平倶楽部さんを訪ねました。

2018年6月14日天平倶楽部子規の庭

天平倶楽部は「對山樓(たいざんろう)」という旅館の跡地に建つ料理屋さんです。
明治28年、對山樓に正岡子規が宿泊し、多くの句を詠みました。
子規が見たであろう樹齢100年の柿の木が現存していることから、平成18年秋に「子規の庭」として整備されたそうです。
柿の古木と句碑を中心に、子規の好きだった野草が植えてあり、庭の向こうには東大寺も見えるという素敵なロケーション。
天平倶楽部を訪れた際には、是非このお庭も歩いてみてください。

2018年6月14日天平倶楽部店の前

さて、今日は吉野本葛と日本料理の関係を聞くため、天平倶楽部の総料理長、河村様にお話を伺いました。

実は河村料理長は「葛ソムリエ」でもあるんです。

葛ソムリエ協会の主催する試験を受けていただいたのは2年前。
「葛に関する知識がなかったから、和食をするからには、葛のことは知っていたい。
でも、自分一人ではあれだけのもの(知識や資料)は集められなかったから。」
葛ソムリエを受けようと思ったきっかけをこんな風に話してくださいました。

2018年6月14日天平倶楽部店内

河村料理長の葛使用歴は37年。
ふるさとの九州では葛はあまり使われておらず、甘藷(さつまいも)澱粉が多かったとか。
修行当時、木箱に入った天極堂の葛を使っていた気がすると昔を振り返ってくださいました。

職業として葛粉を使う様になって気付いたことは、甘藷澱粉と葛粉の違いなのだそう。
「甘薯は固くなる。
ゴテゴテしているけど力がなく、さくい(切れやすい)。
葛は他のでんぷんとは「コシ」が違うよね。」と料理長。
胡麻豆腐を作りくらべて見たら、その違いがよくわかるそうです。

2018年6月14日天平倶楽部料理長

天平倶楽部で料理を提供するにあたり、葛はどのようなお料理に使っているのかを伺いました。

「料理のとろみ付けであったり、豆腐(胡麻豆腐など)であったり、デザートであったりと色々です。
吉野仕立てとか、すり流し(汁物)が多いかな。
葛はバリエーションが広いよね。
先付からデザートまで何にでも使えて、本当に使い勝手がいいんです。
組み合わせ次第で何通りもの料理を作ることができるので、メニューはいくらでも生み出せます。」

実際に天極堂では毎年2月に関係各社様を招いて感謝祭をするのですが、その時は河村料理長に天極堂の吉野本葛古稀を使ったフルコースを提供いただいております。
前菜からデザートまで、お刺身以外の全てのメニューに葛を使用してくれています。
もちろん毎年違うメニューです。

2018年6月14日天平倶楽部社長

「葛は食材を引き立ててくれます。

その上、グルテンフリー、アレルギーフリーであり、海外のお客様のご希望に沿った献立に対応できるなど、大変重宝しております。

一番気に入っている葛粉の使い方は、グラタン。
ホワイトソースを作るよりも葛粉で作った方が簡単で、早くて、おいしいんです。」

修学旅行生など子供はアレルギーの問題もあるので、牛乳や小麦を使わないグラタンも作れるというのも魅力の一つだそうです。

和食と言っても多様性を求められる時代。
素材や山車の風味を引き立てると言うだけでなく、多様化するメニューを一手に引き受けることができる。
葛の新たな魅力に気づかされたお話でした。

今日はたくさん葛粉についてお話を聞かせてくださいました。
天平倶楽部、河村料理長様、本当にありがとうございました。
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